町丁名由来看板 Place name origin sign

神田富山町(Kanda-Tomiyamacho)

江戸時代のはじめ、この界隈(かいわい)は武家屋敷が立ち並んでいました。商人や職人の町となったのは、そのころ相次いで起こった大火のためです。各地に「火除地(ひよけち)」(防火や避難のための空き地)が設けられ、もともとそこに住んでいた人々が新しい土地を与えられて移り住むようになったのです。

将軍家の菩提寺(ぼだいじ)である芝(しば)増上寺(ぞうじょうじ)の門前町であった芝富山町(しばとみやまちょう)は、正徳(しょうとく)三年(1713年)、増上寺の火除地となり、代地として与えられたこの地に移ってきました。当時、芝富山町からきた人々は、神田富山町一丁目(かんだとみやまちょういっちょうめ)、神田富山町二丁目(かんだとみやまちょうにちょうめ)という二つの町を組織していました。神田富山町の名前はこのことに由来しています。

その後、神田富山町には日常生活の品々を売る人たちが住み続けていたようです。慶応(けいおう)年間(1865年~1868年)に記された「江戸食物独案内(えどたべものひとりあんない)」には、このあたりに醤油(しょうゆ)や醤油諸味(しょうゆもろみ)(醤油の原料を混ぜ合わせ発酵させたもの)を扱う店があったと記されています。

明治二年(1869年)、神田富山町一丁目と同二丁目の一部、神田三島町(かんだみしまちょう)の一部、神田永井町(かんだながいちょう)の一部を合併して神田富山町が誕生しました。明治五年(1872年)には隣接する神田永井町を編入しています。明治四十四年(1911年)、いったん富山町と改称しましたが、昭和二十二年(1947年)、神田区と麹町(こうじまち)区が合併して千代田区になると、ふたたび神田の冠称を付けて神田富山町となりました。

江戸時代から続く由緒ある名前をもつこの町は、長い歴史と伝統に培われた人情味あふれる町なのです。

Kanda-Tomiyamacho

In the early Edo Period, this neighborhood was home to rows of samurai residences. After several massive fires, merchants and artisans gradually moved in from places that had been set aside as firebreaks. Some people came from Shiba-Tomiyamacho, which became the origin of name of this town.

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